考える無機質。

だとしたら君は、何を信じる。

 

そして君は、僕の名を告げた。

 

 

 

 

Episode.6

 

 

それは、あまりにも酷な現実だと思った。

冷徹な兄と、心優しき弟の、悲しき探りあい。

悲哀に満ちたその現実を、どう受け止めればいいのか。

その冷たさから、何かを常に求め続ける兄。

その優しさから、何かを常に疑い続ける弟。

嘘に嘘を塗り重ねた、崩れかけの現実。

あまりにも脆くて、非力な人のほんの一押しでもグラッと傾いてしまいそうで。

だから、私はあまりにも酷だと思った。

 

 

演劇教室、"夕べに語るための物語"。

全学年が共通して観る演劇の後。

皆がそれぞれの感想を語りながら教室に戻る。

今回の演劇の分類は純度100%の悲劇だった。

それ故に終わった後に泣く者も居たし、兄の冷徹さに本気で憤る者も居た。

それ程に感情移入をさせる素晴らしい劇だったと言えばそれまでなのだが…。

春日部は半目で隣の席を覗いた。

今はそれぞれの思いを感想文に書き込む時間。

そんな中、仏頂面の頂点を極めた表情で書き終えた感想用紙をひたすらにらみ続ける少女がいた。

春日部の隣に。

「ねぇ、ミルミル。そろそろ出さないと…」

瑠月が前の席から時間の終わりを告げる。が、反応は無い。

その目は何も映さぬ鏡のように無表情だった。

春日部は劇の大筋を振り返りながら、そんなにも思い込む劇だっただろうか、と考える。

確かに、学校でやる劇にしては中々の物だとは思ったが。

 

 


 

この劇の主人公は、二人の兄弟。

どこまでも冷酷な兄と、どこまでも優しい弟。

その極端な性格ゆえに、彼らは行動の根幹にある理念を抱えていた。

それは、何かを求め続けること。それは、何かを疑い続けること。

そして常に冷たさを癒せる何かを求めて、ある日兄が辿り着いたのは殺人だった。

そして常に優しさの裏に疑念を寄せ続け、ある日弟は兄が殺人をしていた事に気づいた。

それでも日常は止まることなく流れる。

兄の犯罪に気づいても小さな弟に何も出来る事は無く、また弟はその行為に気づいても尚"気づいた事"に対して疑いを持っていた。

だから彼らの間にそれまでの蟠り以上のものが出来る事は無く、またそれが無くなる事もなかった。

兄が、彼の弟を殺そうと考えるまでは。

ある日、誰にも気づかれずに殺人を犯し続けてきた兄は、その行為に意義を感じなくなってきた事に気づいた。

もっと、何かを感じる行為がしたい。

もっと、何かを得たい、感じたい。刺激が、欲しい。

そしてある結論に辿り着く。

身近な者を殺したら、何かを感じないか、と。

そこで想うのは、小さい頃からずっと一緒だった弟の存在。

そうなったのは幼い頃に両親を事故で亡くした彼にとっては当然のことであった。

直後、兄の口元がにやりとひん曲がった。

兄が弟殺害を企んだのは、翌日の昼。

兄弟以外誰もいない家なので、時間は特に関係はない。

というよりは静まった夜よりも、昼の方が他人にバレる危険性が低い、という事もある。

兄はただ宙を、弟は静かに読書に耽る、そんな静かな休日。

そして、その時は唐突に来た。

宙を見つめる兄の焦点が急に合ったかと思うと懐から大振りのナイフを抜き出し、刺した。

そこに、不自然な台詞が挟まれる事は一切無く、ただ突然に。

そして終幕。

でも、幕が降り切る前に一言。確かに掠れた声で弟が言った。

"最期まで信じれなかった"

 


 

 

幕が降りた直後、会場が一瞬の静寂に包まれた。

それほどまでに、劇が劇として作られたようなイメージを一切持たせない作品だった。

更に言えば、この劇には台詞が最後の一言だけ。

ナレーションすらも無く、ただ登場人物が舞台上で忙しなく、あるいはゆっくりと動き回る。

それだけなのに、そこからは沢山の意味を感じ取れた。

確かにすごかったのだろう。今回の演劇は。

 

深い思考に入っていた春日部がふと意識を戻すと、丁度朱崎が立ち上がったところだった。

その目は普通に戻ってるし、表情も無駄に明るい(つまり何時もの様子だ)。

手に持った感想用紙をすごい速さで出し終え、再び着席。

そして、誰に言うことも無く呟いた。

嫌だ、と。

 

 

今日の話始めは、珍しく春日部だった。

人気の失せた教室に何時も通りの三人。

「そろそろ啓蟄だな」

啓蟄、と瑠月が聞き返す。

三月の初め、彼らが通う学校では既に合格ムードが蔓延、緩い空気になっていた。

春日部が答えようと口を開くが、その前に思わぬところから説明が入った。

「啓蟄ってのは立春とか秋分とかと一緒で、二十四節気の一つ。三月六日頃から春分までで桃の花が咲く頃の事よ」

「お、ミルミルったら物知り」

「だからミルミルいうなって」

相変わらず切り返しの速度は鈍っていなかった。

「にしても三月か、早いね」

朱崎が僅かに遠い目を見せる。

春初めの陽気に、眠そうに目を瞬かせながら瑠月が呟く。

「そろそろ、お別れだね」

刹那の間。

そして、そんな台詞が無かったかのように再び瑠月。

「そう言えば、この時間帯だよね。私達が話してるのって」

と相変わらず間延びした雰囲気で呟いた。

「あー、確かにそうかも」

そう答えるのは、朱崎。

まーこの時間くらいしか長く話せる時間もないし、と続く。

朱崎はぷくぅとわざとらしく頬を膨らませて不満そうな表情を作った。

朱崎看、かなり軽そうなイメージの彼女だが、実は生徒会の副会長を務めている。

そのため、なかなか放課後も含めて空いている時間が少ないのだった。

「お前がやると一層子供っぽい」

「む、確かに」

「こらぁっ、貴様ら放って置けば何を言い出す」

いや、俺喋ってから二秒くらいしか、と春日部が朱崎の怒鳴り声に呟く。

春日部に便乗した瑠月といえば、妙に嬉しそうな顔をしていた。

「光、すごく間抜けてる顔してない?」

「何時もだろ」

相当歯に布着せぬ発言だが、瑠月の笑みは一層広がった。

「二人と話してるのがすごい楽しくて」

その心からの表情に一瞬黙り込んだ一同だったが、

「別に聞いてないけど」

「ハル、ひどい」

「や、今更かい」

 

 

桃の花の季節かぁ。

朱崎がそう呟いたのは、あの後も適当な会話を続けて一段落着いた頃だった。

その表情に何時もの明るさは失せ、儚げな印象を与えた。

「桃、美味しいよね。甘いし」

「缶詰は甘すぎる」

明らかに空気が読めていない二人に構わず、朱崎はただ虚空を見つめる。

ねぇ。

あれは、私がいけなかったんだよ。

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